東京地方裁判所 昭和36年(ワ)9753号 判決 1963年4月20日
判 決
東京都文京区湯島切通坂町五十一番地
原告
小川平吉
右訴訟代理人弁護士
栗脇辰郎
同都豊島区駒込六丁目八百七番地
被告
村上仁吉郎
右輔佐人弁理士
北村宇吉
同都文京区金助町七十一番地
被告
株式会社進栄堂器械店
右代表者代表取締役
斉藤保
被告両名訴訟代理人弁護士
伊賀満
右当事者間の昭和三六年(ワ)第九、七五三号実用新案権侵害停止、損害賠償並びに謝罪広告請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
原告の請求は、いずれも棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
(当事者の求めた裁判)
原告訴訟代理人は、「一被告村上仁吉郎は、別紙(一)記載のガーゼ消毒器を製造、販売してはならない。二被告株式会社進栄堂器械店は、前項記載のガーゼ消毒器を販売してはならない。三被告らは、各自原告に対し金四百万円を支払え。四被告らは、別紙(二)記載の謝罪広告を読売新聞(全国版)、日本医科器械新聞及び保健産業事報に各一回ずつ掲載せよ。五訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決を求めた。
被告ら訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。
(請求の原因)
原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のとおり述べた。
一 原告の実用新案権
原告は、次の実用新案権を有する。
登録番号 第五三三、六三七号
考案の名称 ガーゼ消毒器
出 願 昭和三十三年九月四日
出願公告 昭和三十五年九月十六日
登 録 昭和三十六年四月七日
二 登録請求の範囲
本件実用新案登録出願の願書に添附した明細書の登録請求の範囲の記載は、別紙(三)の該当欄記載のとおりである。
三 本件登録実用新案の要旨及び作用効果
(一) 本件登録実用新案の要旨は、次の(1)から(4)までの要件からなるガーゼ消毒器の構造である。すなわち、
(1) 罐体1(番号は、別紙(三)の図面に附されているものを示す。以下本件登録実用新案について同じ。)内に内壁とやや間隙を設けて内罐2を設け、その間隙を水室3となし、内罐2の上面4を罐体1の上縁に接着したこと。
(2) 罐体1に注水管5を連着し、罐体1の上方一部より蒸気管6を出し、その下方を罐体1の下面において環状部7となし、その他端8を内罐2に連通したこと。
(3) 内罐2の底面より罐体1の外部に排気管9を突き出したこと。
(4) 罐体1の上面に蓋体10を開閉自在に取り付けたこと。
(二) 本件登録実用新案の作用効果
本件登録実用新案は、注水管5により水室3内に注水し、滅菌消毒するガーゼ、白衣、布類等を内罐内に容入し、罐体1の上部に蓋体10を密閉し、罐体1の下面より燃焼器13により加熱するもので、その加熱により水室3内の水は沸騰し、その蒸気は蒸気管6より環状部7に注入され、その環状部7にて更に加熱され、高温なる蒸気となり内罐2内に導入されるから、内罐2内は極めて高温となり、至つて湿度を含むこと少なきものとなることにより、次の効果を生ずる。
(1) 短時間内にガーゼ、白衣、布類等を滅菌消毒することができること。
(2) 滅菌消毒したガーゼ、白衣、布類等をさらに乾燥する手数がないこと。
四 被告らのガーゼ消毒器
被告村上仁吉郎が製造して被告株式会社進栄堂器械店に販売し、同被告が他に販売したガーゼ消毒器(以下本件ガーゼ消毒器という。)の構造は、別紙(一)記載のとおりである。
五 本件ガーゼ消毒器の構造上の特徴及び作用効果
本件ガーゼ消毒器の構造上の特徴は、本件登録実用新案の要旨を構成する各要件と同一であり、その作用効果は、本件登録実用新案のそれと同一である。
六 本件登録実用新案と本件ガーゼ消毒器との比較
(一) 以上のとおりであるから、本件ガーゼ消毒器は、本件登録実用新案の技術的範囲に属する。
(二) なお、本件登録実用新案の蓋体10は、中空の二重蓋となつているのに対し、本件ガーゼ消毒器の蓋体10(番号は、別紙(一)の図面に附されているものを示す。以下本件ガーゼ消毒器について同じ。)は一重蓋である。しかし、蓋体を中空の二重蓋にするか、又は一重蓋にするかは、本件登録実用新案の要旨と全く関係のない附随的事項にすぎない。
(三) 本件ガーゼ消毒器においては、蒸気管6の途中に瞬間水装14を連結している。この瞬間水荘14は、無用無益のものである。
七 差止請求
本件登録実用新案の技術的範囲に属する本件ガーゼ消毒器を被告村上仁吉郎が製造、販売することにより、被告株式会社進栄堂器械店がこれを販売することにより、いずれも原告の有する本件実用新案権を侵害している。よつて、原告らに対し、請求の趣旨第一、第二項記載のとおり、その侵害の停止を求める。
八 損害賠償請求
(一) 共同不法行為の成立
(1) 被告村上仁吉郎は、本件登録実用新案の技術的範囲に属する本件ガーゼ消毒器を、昭和三十六年二月一日から昭和三十七年七月三十一日までの間に百六十台製造して、被告株式会社進栄堂器械店に販売し、同被告は、右期間内にこれを他に販売し、もつて被告らは共同して原告の有する本件実用新案権を侵害した。
(2) 被告らは、本件ガーゼ消毒器を製造又は販売することが本件実用新案権の侵害になることを知り、もしくは、被告村上仁吉郎は医療器械類の製造業者として、被告株式会社進案堂器案店は医療器械類の販売業者として、いずれもこれを知ることができたのに、過失により、これを知らないで、右のとおり本件ガーゼ消毒器を製造又は販売したものであるから、各自連帯して、本件実用新案権の侵害によつて原告がこうむつた損害を賠償すべき義務がある。
(二) 損害額
原告は、本件登録実用新案にかかるガーゼ消毒器を製造して株式会社石川医療器械店に販売しているところ、被告らの本件実用新案権の侵害行為により、金四百万円の損害をこうむつた。すなわち、被告村上仁吉郎は、その製造、販売した本件ガーゼ消毒器一台について金一万円の利益を、被告株式会社進栄堂器械店は、その販売した本件ガーゼ消毒器一台について金一万五千円の利益を得ているので、被告らは、本件ガーゼ消毒器百六十台で合計金四百万円の利益を得ている。
原告は被告らの本件実用新案権の侵害行為により、得べかりし利益を失い、被告らが得た利益額と同額である金四百万円の損害をこうむつた。よつて、原告らに対し、各自金四百万円の支払いを求める。
九 謝罪広告の請求
被告らは、本件ガーゼ消毒器を製造又は販売することが本件実用新案権の侵害になることを知り、もしくは過失によりこれを知らないで、昭和三十六年二月一日から昭和三十七年七月三十一日までの間に、被告村上仁吉郎は、本件ガーゼ消毒器百六十台を製造して、被告株式会社進栄堂器械店に販売し、同被告は、これを他に販売し、もつて、原告の有する本件実用新案権を侵害したことにより、原告の業務上の信用を害した。すなわち、本件ガーゼ消毒器は、粗悪品であり、しかも、告原の製造、販売する本件登録実用新案の実施品であるガーゼ消毒器と類似しているため、原告方に本件ガーゼ消毒器についての苦情を申し込まれたことが再三に及び、原告は、著しくその業務上の信用を害された。よつて、原告は、右業務上の信用を回復するに必要な措置として、実用新案法第三十条により準用する特許法第百六条の規定に基き、請求の趣旨第四項記載の謝罪広告を求める。
(答弁)
被告ら訴訟代理人は、答弁として、次のとおり述べた。
一 請求原因一の事実は、認める。
二 同二の事実は、認める。
三 同三の(一)の事実は、争う。本件登録実用新案の要旨は、次の二つの要件からなるガーゼ消毒器の構造にある。すなわち、
(1) 罐体1内に内壁とやや間隙を設けて内罐2を設け、その間隙を水室3となし、内罐2の上面4を罐体1の上縁に接着し、罐体1に注水管5を連着し、罐体1の上方一部より蒸気管6を出し、その下方を罐体の下面において環状部7となし、その他端8を内罐2に連通し、内罐2の底面より罐体1の外部に排気管9を突き出したこと。
(2) 罐体1の上面に中空とした蓋体10を開閉自在に取り付けたこと。
同三の(二)の事実は、次の作用効果を附加して認める。すなわち、在来の消毒器においては、蓋が一重にして外面は直接外気に触れており、そのため消毒器内の高温により蓋の下面に水滴が生じ易い欠点があつた。しかるに本件登録実用新案における蓋体10は、これを中空となし、内罐内の高熱を直接蓋体10外の外気に作用せしめず、そのため実験の結果蓋体10の下面に水滴を生ずること少なく、ゆえに使用に有利であるという効果を有するものである。
四 同四の事実は、認める。
五 同五の事実は、争う。
(一) 本件ガーゼ消毒器の構造上の特徴は、次の(1)から(3)にある。
(1) 罐体1内に内壁とやや間隙を設けて内罐2を設け、その間隙を水室3となし、内罐2の上面4を罐体1の上縁に接着し、罐体1に注水管5を連着し、罐体1の上方一部より蒸気管6を出し、その下方を罐体1の下面において環状部7となし、その他端8を内罐2に連通し、内罐2の底面より罐体1の外部に排気管9を突き出したこと。
(2) 蒸気管6の途中に瞬間水装14を連結したこと。
(3) 罐体1の上面に一重の蓋体10を開閉自在に取り付けたこと。
(二) 本件ガーゼ消毒器は、次の作用効果を有する。
(1) 加熱によつて水室3で発生した蒸気は、蒸気管6より環状部7に送られ、ここで加熱されて乾燥蒸気となつて内罐2に送りこまれ、内部のガーゼ等の消毒をなすと同時に、被消毒物は直ちに乾燥され、消毒と乾燥とを段階的に行う必要をなくし、操作を極めて簡略化したこと。
(2) 蒸気管6の途中に瞬間水装14を設けたことにより、極めて短時間に加熱蒸気が発生し、迅速に被消毒物の消毒を行うことができ、したがつて時間を節約するとともに、燃料の節約を行いうること。
六 同六の事実は争う。
(一) 本件ガーゼ消毒器においては、瞬間水装14を設けたことにより、前記五の(2)の作用効果を有するが、本件登録実用新案においては、瞬間水装が設けられていないから、本件ガーゼ消毒器における右の作用効果を生じない。
(二) 本件登録実用新案においては、罐体1の上面に中空とした蓋体10を開閉自在に取り付けたことにより、前記三の(二)の作用効果を有するのに対し、本件ガーゼ消毒器においては、蓋体10は一重であるから、本件登録実用新案における右の作用効果を有しない。
七 同七の事実は、否認する。
八 同八の事実のうち、被告村上仁吉郎が医療器械類の製造、販売業者であり、被告株式会社進栄堂器械店が医療器械類の販売業者であることは、認めるが、その余は、否認する。
九 同九の事実は、否認する。
(証拠関係)≪省略≫
理由
(争いのない事実)
一 原告が、その主張する実用新案権を有すること、本件実用新案登録出願の願書に添附した明細書の登録請求の範囲の記載が、別紙(三)の該当欄記載のとおりであること、及び、被告村上仁吉郎が製造して被告株式会社進栄堂器械店に販売し、同被告が他に販売した本件ガーゼ消毒器の構造は、別紙(一)記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。
(本件ガーゼ消毒器は、本件登録実用新案の技術的範囲に属するか。)
二 本件ガーゼ消毒器は、本件登録実用新案の技術的範囲に属しない。すなわち、
(一) 前掲当事者間に争いのない登録請求の範囲の記載に、成立に争いのない甲第二号証(実用新案公報)、とくに同号証中の実用新案の説明欄の「在来の消毒器に於ては蓋が一重にして外面は直接外気に触れて居りそのため消毒器内の高温により蓋の下面に水滴が生じ易い欠点あり。然るに本案に於ける蓋体10は之れを中空となし内罐2内の高熱を直接蓋体10外の外気に作用せしめずそのため実験の結果蓋体10の下面に水滴を生ずること少く故に使用に有利である。」との記載を参酌して考察すると、本件登録実用新案は、「ガーゼ消毒器の構造」に関するものであり、「蓋体10を中空とすること」が、その構成上の必須要件の一つとしているものと認められ、これに反する甲第六号証(鑑定書)に記載された弁理士小川潤次郎の「蓋体10を中空とすることが本件登録実用新案においては、附加的要素にすぎない。」との意見及び同証人の同趣旨の証言は、前掲甲第二号証の記載の全体からみて、客観的合理性を欠き、当裁判所の賛同しえないところである。
(二) 本件ガーゼ消毒器の構造が原告主張のとおりであることについては、当事者間に争いがなく、これと前認定の事実とを対比すれば、本件登録実用新案と本件ガーゼ消毒器とは、ともにガーゼ消毒器の構造に関するものであり、また、本件ガーゼ消毒器における「蓋体10を一重とした構造」が、本件登録実用新案における前記要件に対応するものであることは、おのずから明らかである。
(三) 前掲甲第二号証及び鑑定人渡辺勤の鑑定の結果を参酌して、本件登録実用新案における前記要件と本件ガーゼ消毒器における右構造とを比較検討すると、両者は、構成及び作用効果において相違するものといわざるをえない。すなわち、本件ガーゼ消毒器の蓋体10は一重であり、本件登録実用新案における蓋体10のように中空のものではないから、本件登録実用新案における蓋体10を中空としたことにより、「内罐内の高熱を直接蓋体外の外気に作用せしめず、そのため蓋体の下面に水滴を生ずること少ないから、使用に有利である。」との作用効果を有しないものである。それゆえ、本件ガーゼ消毒器における蓋体10は、本件登録実用新案における蓋体10と均等物とみることはできない。
したがつて、本件ガーゼ消毒器は、この点において、本件登録実用新案の必須要件の一つを欠くものであるから、他の点を比較するまでもなく、本件登録実用新案の技術的範囲には属しないものというべく、他にこの結論を覆すに足りる証拠はない。
(むすび)
三 以上説示のとおりであるから、本件ガーゼ消毒器が本件登録実用新案の技術的範囲に属することを前提とする原告の本訴請求は、進んで他の点について判断するまでもなく、理由がないものといわざるをえない。よつて、原告の本訴請求は、いずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第二十九部
裁判長裁判官 三 宅 正 雄
裁判官 米 原 克 彦
裁判官 竹 田 国 雄
別紙(一)
被告らのガーゼ消毒器
添付図面第一図は縦断側面図、第二図は、第一図A〜A線の底面図である。
その構造は、罐体1内に内壁とやや間隙を設けて内罐2を設け、その間隙を水室3となし、内罐2の上面4を罐体1の上縁に接着し、罐体1に注水管5を連着し、罐体1の上方一部より蒸気管6を出し、その下方を罐体1の下面において環状部7となし、その途中に瞬間水装14を連結し、その他端8を内罐2に連通し、内罐2の底面より罐体1の外部に排気管9を突き出し、罐体1の上面に一重の蓋体10を開閉自在に取り付けたものである。なお、11は外筒、12は支脚、13は加熱器である。
別紙(二)≪省略≫
別紙(三)
特許庁 実用新案公報
実用新案出願公告昭三五―二三五九四
公告昭三五、九、一六
出願昭三三、九、 四
実願昭三三―四五九七〇
ガーゼ消毒器
図面の略解
第一図は側面図、第二図は一部を取除いた背面図、第三図は縦断側面図、第四図は一部の下面図である。
実用新案の説明(省略)
登録請求の範囲
図面に示す様に缶体1内に内壁とやや間隙を設けて内缶2を設けその間隙を水室3となし内缶2の上面4を缶体1の上縁に接着し缶体1に注水管5を連着し缶体1の上方一部より蒸気管8を出しその下方を缶体1の下面に於て環状部7となしその他端8を内缶2に連通し内缶2の底面より缶体1の外部に排気管9を突出し缶体1の上面に中空となせる蓋体10を開閉自在に取付けてなるガーゼ消毒器の構造。